「格差の起源」オデッド・ガロ―を読んでいる。
人類の発祥から今日までの経済発展、人口の推移、個人所得の変遷、をもとにどうして格差が生じたのかというのを論じている。
まだ途中なのだが、なかなか示唆に富むものが多い。
産業革命で経済が一気に拡大した一方で工場労働者たちは搾取され酷い環境に追いやられていた、その中でも児童労働は悲惨なものだった、と言うのが我々一般の認識だ。
しかしガローが言うには産業革命が行われる以前の農業時代でも農地や農家で児童労働は行われていた。産業革命になったからと言って児童の労働環境が悪くなったとは言えないと言っている。
最初に産業革命が生じたイギリスでは1833年工場法が制定され児童労働に規制がされるようになった。その後段階的に児童労働は禁止されて行くことになる。
面白いのは、児童労働が禁止されたのは確かに世論の批判とイギリス政府の努力もあるが、一方で雇い主自身が児童労働を必要としなくなったからだとしている。
産業が発展するにつれてこどもがやっていたような単純労働は機械に置き換わっていった。
最初必要とされる労働者は字が読めるぐらいで良かったが、次第に計算ができ、機械を操作できる能力が必要とされ、機械の修理をやることも必要となっていった。
初等教育も十分にされていない児童の仕事はなくなって行ったのだ。
労働者への教育工場を望んだのは政府だけでなく雇用者からの要請もあったからだとしている。
バカな労働者はもういらないということだろう。
その結果、児童労働はなくなっていき、労働者の教育水準は上がり、所得も増えていったのだ。
さらにガローが言うには、産業革命が起こった国々では労働者が豊かになっていったため共産主義革命は生じなかった。共産主義は産業革命が遅れ農民が主であったロシア、中国で起こった。マルクスは間違っていた、共産革命は労働者ではなく農民によって起こされたのだ。
ここからは私の意見だが保守の重要な役割は国民一人一人の能力を上げて国民全体の所得を上げていくことだと思う。
何やらリベラルなことを言うように思うかもしれないが、これが保守の一番大事なことだと考えている。さもないと貧しい国民はロシアの農奴や中国の小作人のように共産主義革命を起こして国をどん底に引きずりこむことになる。
そう2000年代民主党に政権を渡してしまったのも自民党が国民一人一人の能力を上げて所得を上げなかったことに起因している。悪夢の民主党時代を繰り返させてはならない。
2022年10月3日