私には帰国子女で昨年就職した娘がいる。
時々はっとするようなことを言う。
6年ほど前この娘が大学に入った時、第二外国語を何を履修したらいいか相談してきた。娘の大学では二つの外国語単位をとらないといけない。一つは娘が得意とする英語、もう一つを何語にしようかという相談だった。
私は迷いもなく中国語をやるようにと言った。
娘が理由を聞くので中国は10億人以上の人口があって急成長している、GDPは日本を超えて2030年代には米国を抜こうとしている。仕事も中国なしではやっていけない時代になってきているからやって損はしない、と説明した。
以下は娘と私、父とのやりとり。
娘「でも中国語やっても楽しくなさそう。」
父「そんなことない美味しい中華料理も食べられる。」
娘「脂っこい、それに中華だったら日本で食べる方がおいしいよ。」
父「君のインターナショナルスクール時代の友達、△△ちゃんは香港人、〇〇君はシンガポール人、☓☓ちゃんはマレーシアの華僑、中国語やればみんなと会話ができる。」
娘「みんな英語しゃべるよ」
娘は父のアドバイスを退けフランス語を選んだ。
今米国の締め付けで中国の将来があやしくなっているが、この会話は中国の経済成長が確実視されていた6年前の話だ。「楽しくない」のひとことで中国語を選ばなかったことは私には驚きだったが、彼女は中国の経済成長の限界と文化の薄さに本能的に気づいていたのだと思う。
確かにフランス語であればパリに行ける、ワインが飲める、うまい肉料理が食べれる。なにやらウキウキ楽しくなる。中国語ならばスモッグの北京に行ける、バイジュウ(白酒、蒸留酒)を無理強いされる、ヘビ料理が食べれる。
ヘビ料理を比較に出すのはちょっと不公平かもしれないが、中国が魅力的でないのは娘と私だけなのではないと思う。
ぜひともこの娘の話は「中国大好きお花畑」(3月13日ブログ)の方々に聞いてもらいたい。
2020年3月25日