走るのが遅くても、努力すればできるようになると先生は言わないのに勉強は頑張ればできるという、でも努力しても勉強できないんだよと小学校の頃運動はできるが成績の悪い友だちに言われたことがある。
彼が言うように運動と同じく勉強も生まれながらにしてよくできる子とできない子がいるのはみんな知っている。努力させるために勉強すれば賢くなると言うが、本当はできる子はできるしできない子はできないのが現実だ。
生まれながらの頭のよしあしで成績がほとんど決まり進学も決まる。給与の高い大企業は偏差値の高い大学の学生から採用していく。
結局生まれながらにして頭のいい子はいい給与をもらうことになる。もちろん例外もあるが、小中学校の時に成績がクラスで下から一桁のこどもが一流大学に入ることはまずない。
同様に生まれながらの運動神経の良しあしでスポーツ選手になれるかどうかがほとんど決まる。
最近同窓会で何十年ぶりに学校時代の友人に会うが、みんな変わらない。頭のいい奴はあたまがいいし、ボケたやつはボケている、良くしゃべるやつは相変わらずしゃべるし、ぼくとつとしたやつは静かだ。頭の良さ、運動神経、性格は遺伝子で決まっているとつくづく思う。
自分を振り返り小学校4年生まで五段階評価で3がほとんどで体育は2だった。全く目立たない成績でよくも大学を出て就職をして40年近く働いてきたものだと思う。しかもこの歳になって二つのスポーツを現役でやっている。
多くの人はこの歳になるともっと頑張ればよかったと思うらしい。だが私はつくづく頭が悪いのに運動ができないのによくここまでやってきたと思う。幸い五体満足で生まれてきたが、ポンコツの頭と体をかなり無理させて生きてきたような気がする。
2020年6月21日