確かに嫌なことはその時に処理して後はさっぱり忘れると言う田原総一朗が出席した政財界の長寿の会合で聞いた話はその通りなのかもしれない。
私の母は昭和一桁生まれで戦後比較的豊かな商家で育ちサラリーマンの家の父と結婚した。
父の両親と叔父叔母と住んでいた頃、舅姑や叔母にいじめられた話をいまだにする。
10年もしないうちに我々の家族は別居したのだが、母にとってその数年間は苦痛だったようだ。90年以上の間戦時中物がない時もあったがその後高度成長でまた真面目で働き者の夫が長く一緒で全体から見ればかなり幸せな人生だったはずだ。
にもかかわらずいじめられた話を延々とすることがある。
小さなころは母をイジメる人たちはけしからんと思っていたが、世の中が分かるにつれて世間で言うどこにでもある嫁姑の関係のようだし、母が今一つ社交的でないことを考えると母にも原因があったのだろうと思うようになった。
今の表現ではないかもしれないが壊れたレコードのように同じ話を繰り替えす。またイジメられた話かと思って適当に聞いて適当に遮って終わることになる。
親戚の葬儀でイジメていたという叔母などに会ったことがある。正直かなり警戒していたのだが何のことはない明るい気さくないい人だった。少なくとも会っている間に嫌な思いは何もなかった。
残りの人生限りがあるのだから嫌なことはさっさと忘れるのが良いと言うのは名言だ。うじうじ過去の不幸を繰り返すのは無駄以外の何物でもない。同情を引こうとしても血のつながった息子でさえまともに聞いていないのだから。
2024年4月23日